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憲法の話

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安部政権は、2019年夏の参議院選挙までに憲法改正の国会発議を目指しているとの報道がなされています。

衆参両院で改正案が可決されれば、国民投票が行われることになります。

そのときの1票は、国政選挙で1票を投じるときとは比較にならない重い1票になります。

将来の子や孫にとって取り返しのつかない変更をしてしまわないために憲法を知ってもらいたい、そのような思いから「憲法の話」をご紹介しています。

目次

  1. 日本国憲法の全体構造
  2. 法律と憲法の違い
  3. 憲法前文①
  4. 憲法前文②
  5. 憲法前文③
  6. 憲法前文④
  7. 憲法9条の解釈①
  8. 憲法9条の解釈②
  9. マッカーサーノート
  10. 国際連合の集団安全保障構想
  11. 戦争放棄・戦力不保持の意味
  12. 集団的自衛権①
  13. 集団的自衛権②
  14. 集団的自衛権③
  15. 武力による集団安全保障の限界
  16. コスタリカに学ぶ
  17. フィリピンに学ぶ
  18. ドイツに学ぶ
  19. 日本の防衛力
  20. 日本独自の自衛概念
  21. 安倍加憲案
  22. 護憲派への提言
  23. 抑止力の否定と専守防衛
  24. 護憲派のロードマップ

1.日本国憲法の全体構造

1.日本国憲法の全体構造

日本国憲法は、10の章からなっています。
①天皇、②戦争の放棄、③国民の権利及び義務、④国会、⑤内閣、⑥司法、⑦財政、⑧地方自治、⑨改正、⑩最高法規です。

この章立てを見ると、「憲法は、国民の権利義務と国の統治機構を定めた最高法規」であることがわかります。

最高法規の10章には、3つの条文があるのですが、憲法が保障する人権は侵すことができない権利であること(97条)、憲法に反する法律や国の行為は無効であること(98条)、天皇・摂政・国務大臣・国会議員・裁判官その他の公務員は、この憲法を尊重し擁護する義務を負うこと(99条)を定めています。

憲法は、国民の人権を保障するために、国会議員や公務員に憲法に反する行為をしないことを求めた法規といえそうです。
国民は憲法を守らなくてよいのでしょうか?

2.法律と憲法の違い

2.法律と憲法の違い

「憲法は法律ではないので、国民は憲法を守らなくてもいいんだよ。」と言われたら、皆さんどう思われますか?「はあ?なに言ってんの?」って思われることでしょう。

国民が守るべき事を定めたものを「法律」と言うのに対して、憲法は国が守るべき事を定めたもので、法律とは違うのです。

法律が国から国民への命令であるのに対して、憲法は国民から国への命令であると言うこともできます。

「国民」は憲法99条の憲法尊重擁護義務を負う対象にはなっていません。
国民は憲法を守らなければならない義務者ではなく、国に憲法を守らせる権利者なのです。国家権力は憲法に拘束されるという考え方を「立憲主義」といいます。憲法は国家権力を拘束するためにあるということは憲法を議論するうえで最も重要な視点です。

3.憲法前文①

3.憲法前文①

憲法には「前文」というものがあり、憲法を起草したときの考え方が記されています。

「日本国民は、正当に選挙された国会における代表者を通じて行動し、われらとわれらの子孫のために、諸国民との協和による成果と、わが国全土にわたって自由のもたらす恵沢を確保し、政府の行為によって再び戦争の惨禍が起ることのないようにすることを決意し、ここに主権が国民に存することを宣言し、この憲法を確定する。」

憲法の三大原則は、国民主権・基本的人権の尊重・平和主義だと言われていますが、「主権が国民に存する」「日本国民は憲法を確定した」が国民主権に関する記述、「自由がもたらす恵沢を確保し」の部分が人権の尊重に関する記述、「諸国民の協和による成果を確保し」「戦争の惨禍が起きることがないように」が平和主義に関する記述です。

4.憲法前文②

4.憲法前文②

憲法前文の続きです。
「そもそも国政は、国民の厳粛な信託によるものであつて、その権威は国民に由来し、その権力は国民の代表者がこれを行使し、その福利は国民がこれを享受する。これは人類普遍の原理であり、この憲法は、かかる原理に基くものである。われらは、これに反する一切の憲法、法令及び詔勅を排除する。」

リンカーン大統領の「人民の、人民による、人民のための政治」というフレーズは有名ですが、日本国憲法もこの言葉を引用して国民主権・民主主義が人類普遍の原理であることを謳っています。

また、法令や詔勅のみならず、「これに反する憲法」も認められないので、将来にわたって国民主権・民主主義原理に反する憲法は認めないことが宣言されています。

5.憲法前文③

5.憲法前文③

憲法前文の続きです。
「日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであって、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めている国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思う。われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する。」

この部分は、大西洋憲章や国連憲章といった文書の一部を引用しており、国際協調主義が謳われています。国際協調主義は憲法の三大原則にはなっていませんが、憲法の基本原則のひとつにしてもいいくらいに重要な考え方だと思います。

6.憲法前文④

6.憲法前文④
憲法前文の最後の部分です。
「われらは、いずれの国家も、自国のことのみに専念して他国を無視してはならないのであって、政治道徳の法則は、普遍的なものであり、この法則に従うことは、自国の主権を維持し、他国と対等関係に立とうとする各国の責務であると信ずる。日本国民は、国家の名誉にかけ、全力をあげてこの崇高な理想と目的を達成することを誓う。」

最後にまた国際協調主義についての記述がでてきます。国際協調主義は、終戦直後に設立された国連の理念であり、その後に起草された日本国憲法にはその理念が反映されています。国連が理想とした国際社会の平和は未だ実現されていませんが、これは日本国憲法の理念が実現されていないことを意味しています。

7.憲法9条の解釈①

7.憲法9条の解釈①

憲法9条は、「日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。」という第1項と「前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。」という第2項からなっています。

この憲法9条の条文解釈として、①「国際紛争を解決する手段として」、②「前項の目的を達成するため」、③「戦力」をどう解釈するかという3つの論点があります。

まず、「国際紛争を解決する手段としては」の解釈として、自衛戦争も国際紛争を解決する手段に含まれ、自衛戦争も侵略戦争もすべての戦争が放棄されるという考え方(全面放棄説)と自衛戦争は国際紛争を解決する手段に含まれず、侵略戦争のみが放棄されるという考え方(限定放棄説)があります。

8.憲法9条の解釈②

8.憲法9条の解釈②

つぎに、「前項の目的」の解釈として、1項全体を目的とするという考え方と「国際紛争を解決する手段として」のみを目的とする考え方があります。後説をとると侵略戦争をするための戦力は放棄されるが、自衛戦争のための戦力まで放棄したものではないと解釈できることになります。

最後に「戦力」の解釈として、警察力を超えるものが戦力であるという考え方と警察力を超えても戦力にならない自衛力があるという考え方があります。
学説の通説的な見解も政府見解も、第1項の解釈としては、自衛戦争は含まれないという限定放棄説に立ちつつ、第2項で、いかなる戦力も保持できないため、結果的に自衛戦争のための戦力も保持できないと解釈します。

しかし、通説が「警察力を超える実力」が戦力であるとするのに対して、政府見解は、「自衛のための必要最小限の実力を超えるもの」を戦力と定義し、自衛隊は警察力を超えるものの、戦力には満たないので、憲法に違反するものではないという説明をしています。

9.マッカーサーノート

9.マッカーサー・ノート

日本国憲法はGHQ(連合国軍最高司令官総司令部)が作った草案をもとに作成されています。最高司令官はマッカーサーです。

マッカーサーは、敵国だった日本から徹底的に軍事力を奪い、アメリカや世界に二度と危害を加えない存在にするとともに、「戦争の違法化」という国連憲章が掲げた戦後世界の新たな理想を実現したいと考えていました。
戦争放棄や戦力不保持に加えて、前文に国際協調が謳われているのもこのような目的をもっていたからです。

マッカーサーは、憲法草案の作成を部下に命じた「マッカーサー・ノート」と呼ばれるメモに「日本は、その防衛と保護を、今や世界を動かしつつある崇高な理想に信頼する。」と書いています。「世界を動かしつつある崇高な理想」とはなんだったのでしょうか。

10.国際連合の集団安全保障構想

10.国連憲章の集団安全保障構想

国連では国家間の紛争を解決するために、世界警察的な国連軍の結成を計画していました。

国連憲章第43条には、「国際の平和及び安全の維持に貢献するため、すべての国際連合加盟国は、安全保障理事会の要請に基づき且つ一つ又は二つ以上の特別協定に従って、国際の平和及び安全の維持に必要な兵力、援助及び便益を安全保障理事会に利用させることを約束する。」という規定があります。

これは、国際紛争が起きた場合、安全保障理事会は加盟国に兵力などを提供させて、統一的な指揮権を有する国連軍を組織して紛争解決に当たるので、加盟国は独自に武力を行使してはならないという規定です。

加盟国は国連軍が必要な措置を講じてくれるので、有事に備えて軍隊を持っておく必要はなくなります。この国連による集団安全保障体制が「崇高な理想」の中身です。

11.戦争放棄・戦力不保持の意味

11.戦争放棄・戦力不保持の意味

マッカーサーは、マッカーサー・ノートに「日本は、紛争解決の手段としての戦争のみならず、自国の安全を維持する手段としての戦争も放棄する。」と書いています。しかし、マッカーサーには「自衛戦争」を放棄させる前提として国連による集団安全保障構想があり、具体的には沖縄に国連軍を駐留させることを考えていました。

なお、GHQの草案では、マッカーサー・ノートの「自国の安全を維持する手段としての戦争も放棄する」の部分は削除されています。これは国連憲章が自衛権を認めていることを反映したものです。

しかし、国連による集団安全保障構想は頓挫してしまいます。そして、朝鮮戦争の勃発により、対日政策は、民主化・非軍事化から対共産主義戦略の拠点化に方針が転換されていきます。

12.集団的自衛権①

12.集団的自衛権①

マッカーサーとともに重要な役割を担った人物がいました。アメリカ国務省のダレスです。彼は国連軍構想に否定的な考えを持っており、国連憲章にかの「集団的自衛権」条項(第51条)を書き加えた人物です。

「この憲章のいかなる規定も、国際連合加盟国に対して武力攻撃が発生した場合には、安全保障理事会が国際の平和及び安全の維持に必要な措置をとるまでの間、個別的又は集団的自衛の固有の権利を害するものではない。」

ダレスは米ソ対立の兆しが見えていた状況下で国連軍は結成されないと読んでいました。

この規定は、各国が独自に戦争をすることを防止しようとするなかで、独自の軍事同盟に基づいて、国連の許可なく戦争をすることを可能にする条項です。安全保障理事会が機能しなければ、常に「必要な措置をとるまでの間」になるからです。

13.集団的自衛権②

13.集団的自衛権②

集団的自衛とは、武力攻撃を受けた国が自分だけで反撃するのでなく、同盟国に助けを求めて同盟国と共同で反撃することいいます。

近年、加勢する側から見た「武力行使ができる権利」が強調されていますが、攻撃を受けた側の「自衛権」が本来的な内容です。

歴代の政府は自衛隊について、憲法9条は独立国家に固有の権利としての「自衛権」まで放棄したものではなく、自衛のために必要な最小限度の実力(自衛力)を持つことは憲法9条に違反しないと解釈してきました。

集団的自衛権に関しても、自らは攻撃を受けていないのに攻撃を受けた国に加勢することは「自衛のための実力の行使」ではないので、自衛隊を出動させることは、憲法上認められないという解釈をしてきました。

しかし、安部内閣はこれを変更しました。

14.集団的自衛権③

14.集団的自衛権③
安部内閣は、①我が国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生したことにより、我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由、幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある場合で、②我が国の存立を全うし、国民を守るために他に適当な手段がないときは、自衛のための措置として、③必要最小限度の実力を行使することが、憲法上許容されるという決議を行いました。

このような事態は「存立危機事態」と言われていますが、ほとんど個別的自衛権で対応できる段階の危機にならないとこの要件には該当しません。 これを集団的自衛権が発動される事態だと解釈するにしても、極めて限定的な場合に限られるわけで、「集団的自衛権」の行使が無条件に容認されたわけではありません。

15.武力による集団安全保障の限界

15.武力による集団安全保障の限界
国連の集団安全保障は、侵略国に対して、他のすべての加盟国が一緒になって、圧倒的な力で武力制裁を行うことにより国際的な平和や秩序を守ろうとするものです。

しかし、主権国家間の様々な利害によって国連への力の結集が非常に困難なこと(国連発足以来、正式な国連軍が結成されたことはない)、核兵器が軍事力の平均化をもたらした結果、侵略国が核兵器をもつ場合は国連側が圧倒的な優位を形成できないこと、侵略国が大きな軍事力をもつ場合やそれに同調する国がいくつかある場合は局地的な紛争が地球規模での戦争に発展してしまう可能性があること、そして何より、武力制裁が国際平和のための「正戦」を是認する考え方に基づいていることなど、武力制裁による集団安全保障は、理念においても、実効性においても、国際平和をもたらすシステムにはなり得ないことが明らかになっています。

16.コスタリカに学ぶ

16.コスタリカに学ぶ
中米のコスタリカは、1948年に常備軍を廃止しました。

近隣諸国のキューバやグァテマラは社会主義国であり、ニカラグアは内戦が続く国、また、世界最大の麻薬の生産国であるコロンビアと世界最大の麻薬の消費国であるアメリカに挟まれている世界でも有数の危険地帯です。 度重なるアメリカの圧力に屈することなく、世界各国と外交による友好関係を構築し、国際的な法や組織に紛争の調停を求めながら非武装を継続し、約70年間平和を維持しています。

近隣の武装国家と異なり、コスタリカは軍隊を放棄したことで、多くの予算を教育や医療に投資することができ、国民皆保険を実現し、2014年度には世界幸福度指数第1位にもなっています。

戦争放棄を謳う憲法9条を持っている日本こそ、こうした理想を実践すべきであり、実現できないはずはありません。

17.フィリピンに学ぶ

17.フィリピンに学ぶ

かつてアメリカの植民地だったフィリピンは、憲法に外国軍基地の撤退と非核化を明記することで、米軍基地を撤退させることに成功しました。

「外国軍基地の承認に関する時限条項」は、国会が条約の形で承認しない限り外国軍基地を許可しないと定めているのですが、これは、「日米地位協定」のような条約ではない約束に基づいて外国軍に関する重要な約束をしないということです。

非核化条項は外国軍基地に核兵器を持ち込ませないことを目的とした条項です。

日本国憲法は平和憲法であると言われていますが、世界には戦争放棄に加えて、もっと積極的に非核化や外国軍隊の制限に関する条項を定めている国があるのです。積極的に平和を守るための憲法改正を議論したいものです。

18.ドイツに学ぶ

18.ドイツに学ぶ

日本と同じ敗戦国であるドイツは、侵略した近隣諸国との関係を修復し、共産主義だった東ドイツを取り込み、EUの主要国としての地位を築いています。

ドイツも敗戦後非軍事化が進められましたが、NATO(北大西洋条約機構)に加盟するために憲法を改正し軍隊を持ちました。ドイツは侵略した近隣諸国との友好関係を構築したうえで、特定の国に依存する形ではなく、多くの国が加盟する(現時点で29カ国が加盟)軍事同盟に参加することを選択し、かつての交戦国に加盟を承認してもらっています。

しかし、今、日本が憲法を改正して、自衛隊に関する規定を明記することにしたら近隣諸国から避難されるでしょう。近隣諸国と友好関係を築けていないからです。これが日本の安全保障上も日本の持続的な経済成長の観点からも最大の問題点です。

19.日本の防衛力

19.日本の防衛力
アメリカの軍事力評価機関「Global Firepower」によれば日本の軍事力は世界第7位になっています。1位アメリカ、2位ロシア、3位中国が第1グループを構成し、4位インド、5位フランス、6位イギリス、7位日本が第2グループを形成しています。第2グループの国家間の差はほとんどありません。6位までは核保有国であり、非核保有国の中では日本の軍事力がトップということになります。

憲法9条は「陸海空その他の戦力は、これを保持しない」と定めています。

軍事力(military power)、武力 (Armed force)、防衛力 (Defense potential)、戦力 (War potential) と色々な言い方がありますが、それらはすべて基本的には同じものです。

世界7位の軍事力を持つ国が「戦力」を持たない国と言えるのでしょうか。まず、この現状を直視する必要があります。

20.日本独自の自衛概念

20.日本独自の自衛概念

防衛省のホームページには、憲法第9条の趣旨についての政府見解として、「わが国が憲法上保持できる自衛力は、自衛のための必要最小限度のものでなければならないと考えています。(中略)憲法第9条第2項で保持が禁止されている「戦力」にあたるか否かは、(中略)わが国の保持する実力の全体がこの限度を超えることとなるか否かにより決められます。」と記載されています。

国連憲章に定める個別的自衛権・集団的自衛権を行使する組織は、国際法上は「軍隊」と位置づけられ、自衛権が行使されれば、慣習法の積み上げである戦時国際法(国際人道法)が適用されます。「自衛のための実力は戦力ではない」という理屈は国際社会では通用しません。武力攻撃に対して自衛権を行使すれば武力行使になり、また、それは「交戦権」を行使することに他ならないのです。

21.安倍加憲案

安倍加憲案
安倍総理は憲法9条はそのままにして、9条の2という条文を追加して、「自衛隊」という文言を憲法に書き加えることを考えているようです。

この案は、現状の矛盾を解決しないばかりか、現実と規範の矛盾を憲法規範内の矛盾に「格上げ」する「改悪」です。政府は「現状と何も変わらない」と言っていますが、何も変わらないなら憲法を改正する必要はありません。

本来、自民党が目指す改憲は戦力不保持を定める憲法9条2項を削除することです。憲法9条が「主権国家としての固有の自衛権を否定するものではない」というのであれば、「自衛隊は戦力ではない」というごまかしはやめて、2項の改正を正々堂々と国民に問うべきです。

また、憲法学者の青井未帆氏は、「統帥権を再び可視化することにほかならない」といいます。有事の際に自衛隊は事実上、米軍の「統帥権」に服することになるはずです。国民が統制できない武装集団が復活するのです。

22.護憲派への提言

22.護憲派への提言
NHKの世論調査によれば「自衛隊は憲法で認められるか」という問いに対して、認められるが6割、認められないが1割、どちらとも言えない・わからないが3割という結果が出ています。一方で、9条の改正については6割の国民が必要ないと回答しています。

いざというときには自衛隊は必要だけれども、憲法9条の理念は捨てたくないというのが国民の想いなのだと思います。自衛隊を認めないという回答が1割に過ぎないということは、「自衛隊は違憲である」として、その先の思考を停止させていては国民の賛同は得られないことになります。

自衛隊がなくなる日がくるまでは、自衛隊の存在を前提とした護憲論と具体的な安全保障政策を議論しなければなりません。そこから逃げていては、かえって改憲派の思うつぼになってしまいます。

23.抑止力の否定と専守防衛

23.抑止力の否定と専守防衛

護憲派の安全保障政策は、専守防衛を徹底させた政策ということになるでしょう。

専守防衛というのは、相手が武力攻撃をしてこない限り、防衛力を発動しないというものです。同時に、相手国の侵略を拒否する限りの反撃はしますが、相手国の体制を崩壊させることを前提としない戦略です。

専守防衛政策を本格的に検討する場合、抑止力の徹底的な否定が不可欠です。

核を中心とする武力による抑止力は、「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼してわれらの安全と生存を保持する」という憲法前文の理念と対極にある考え方です。沖縄での新基地建設も、新安保体制も、すべては抑止力の向上を理由にして強行されています。抑止力を問い直すことは、考え方の根本的な転換であるが故に、あらゆる問題の解決に波及していくはずです。

24.護憲派のロードマップ

24.護憲派のロードマップ

護憲派が軍隊のない日本という理想をいくら心に描いても、抑止力を安全保障の基本理念とする限り、護憲派の理想は実現しないどころか、かえって日本周辺の情勢は緊迫し、改憲と自衛隊の増強を求める世論は増えていきます。

護憲派の究極の目標である軍備の撤廃、自衛隊の廃止を実現するためのロードマップは、武力による抑止力を否定し、専守防衛に徹することを内外に表明し、日本周辺に平和と安全をもたらす平和外交を展開することで周辺諸国との緊張関係を緩和し、そして、「自衛隊はもういらなくなったね」と国民の多数が思うような状況を作り出すことです。

ある憲法学者は「憲法は未完のプロジェクトである」と言います。この壮大なプロジェクトを実際の政治の世界でどう実現していくか。それを考えることが護憲派の責任です。

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