残念な結果になってしまいましたが、私なりに今回の選挙を振り返ってみたいと思います。
表現の自由に弾圧を加える自民党茅ヶ崎市議団の旗頭がトップ当選するという「世も末」の情況は「正しいことが報われない」政治の社会を如実に表しており、それは社会の縮図でもあります。
今回、私は、①組織に頼らない、②お金を使わない、③「駅立ち・戸別訪問・催事への顔出し」という従来の選挙運動をしない、という方針で選挙戦に臨みました。
それは、それがあるべき政治家の姿であると思っているからです。
結果はご存じのとおり、800票の得票に終わりましたが、実質5万円程度のキャッシュアウトで、ポスター貼りは何人かの方にお手伝いいただきましたが、選挙期間中は独りで自転車で選挙区を回りました。
地元でも個別訪問はしませんでしたので、「挨拶にもこない奴には入れない」という声を多くいただいた一方、「あなたのことは知らないが、選挙公報を隅々まで読んで、あなたが一番まともだと思ったので投票した」という声もいただきました。
得票数には満足しておりませんが、私のやり方で800票を取れることが証明できたという見方もできると思います。
SDGsが世界のスタンダードになろうとしている時代にあっては、消費者の利便性のために拡大してきた24時間営業に疑問が投げかけられたり、当たり前のように使ってきたプラスチック製ストローが廃止の方向に向かっていったり、私が提唱している「音楽のまち」に関連する動向としては、「ボヘミアン・ラプソディー」「アリー・スター誕生」「グリーンブック」という音楽を題材にした映画は「マイノリティ」をテーマにしており、そうした映画のヒットの背景にはマイノリティに対する理解が進んできていることがあるのではないかと思っています。
「正しいことしか認められない」時代は必ず決ます。憲法然り、原発も然り。それは世界の潮流であり、人間の本性に基づくものです。
4年後の茅ヶ崎市長選挙に向けて、真に野党連合を象徴する候補者を今から育てていく必要があるのではないでしょうか。前回の候補は残念ながらそうしたフラッグシップになる方ではありませんでした。
私は今回の選挙では私から支援や投票をお願いすることはしませんでした(見かねて応援してくれた奇特な方はいらっしゃいました)。政治家はなりたい人がなるものではなく、なってほしい人がなるものです。早急に食い扶持を見つけなければならない状況ではありますが、次の市長になってほしいと言われるように、今後も政治活動・社会活動を続けていきたいと思っています。
石田秀樹